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RAW現像って? [カメラ]

昨日チビの行っている保育園でお遊戯会があった。

一室に両親や祖父母の方々がひしめいている。
カーテンで遮光してはいるものの、一部カーテンのない所があって、
明るさはどうにかとれている。

普段ならビデオの出番なのだが、今は故障中で修理待ちになっている。
で、D50の出番。かみさんはL6を手にしている。
動画もどきをL6で、スチルをD50に託した。

少し出遅れたこともあって一番後ろからの撮影。
アップはズーム一杯。
暗くはなるが、カーテンのないところからの明かりと蛍光灯の明かり。
どうにか、ISO800まで揚げてやると、ぶれないスピードまで上げられる。
手ぶれ被写体ブレするより、多少の画像荒れもやむ無しか。
露出はフルマニュアルで設定。解放でスピードだけ試行錯誤。
もう3m前に動ければ何でも出来そうなポジションになりそうだが、
出遅れさんは最後尾も文句言えない身である。

そうか、いつもはJPEG保存だけど、RAWにすれば後でどうにかなるのかな?

で、全てRAWで撮影。
帰宅後、さてさてRAW現像って?
D50買ったときに箱にCDが入ってたっけ。
CDを見るもPictureProject(以下PP)なるものしかない。
これって、少し画像調整できて保存する事しか出来ないんじゃなかったっけ。

で、RAWについてネットからインフォメーションを頂く。
要するに、画像変換。
カメラ内部でJPEGに変換するのをPCでやっちゃうだけ。
どうせ、JPEG画像をSDカードから取り出してPCにコピー
使用する前に必ずPhotoShop(以下PS)で開いているので、手間としては同じか。

で、PSで開こうとするも、ファイルタイプを認識してくれない。
Version6のPSではRAWは直接開けないのか。

しょうがないので、PPなるものをインスト。
とりあえず使いにくい。
デジカメ用にカメラメーカー各社からバンドルでソフトが付いてくるが、
このUSB経由やら、カード読み込みやら手助けはしているようだ。

PC仕事、しかも写真処理が仕事の自分としては、このソフトが非常に厄介で
面倒くさい代物なのである。アルバム的なソフトはいらない。
普段、写真データはCDかMOで入ってくる。しかもTIFFが標準。
そう、印刷用としてはTIFFなのだ。データは大きくなるのだがTIFFなのだ。
だから、当然処理はPSを使うことになる。

いくらRAWだから劣化がないとか何だとか言っても、最終的に印刷物に
する前に必ず1度はPS等の画像処理ソフトを介在するのだ。

そもそも写真なんて、目で見た物と同じ物が画面に映っている。
目で見た物と同じ物が印刷されている。
この2通りしか確認できる物なんて無いのだ。
目で見たのと同じかどうかなんて他の人は分からない事なのだ。
だけどその写真に、気持ちや思い入れや訴える事が入ってる。
それをいかに忠実に伝えるかが問題なだけだと思う。

当然いい写真、悪い写真がある。
いい写真って、今流に言えば解像性が良い、色が良い、構図がよい・・・
色々なファクターが入ってくる。
でも、構図以外の解像度、色・・・って、その現場をもう一度見ない限り
何が正解で、何が不正解かよく分からない事だと思う。

要するに写真を見る人にどう伝えるかを撮影者がどう考え、
託された編集者がそれを汲んで処理をする。
いつもそれを重点として処理をしている。

で、PPで開いて、他のアプリケーションで開く、を選択。
あれ?いつの間にかPSで直接RAWが開けるように。
そうか、PPをインストする事でPSのプラグインとしてRAWがOKになったか。
フォルダーを開いた状態のサムネイルも表示できている。

なーんだ。ってことで直接PSで開いて16bit作業もOKだが、仕事でもないので
8bitでちょこざいな処理をしてJPEG保存。

結局、RAW現像ソフトって買わなきゃいけないし、画像処理ソフトなんじゃん。
PSにはNikonのカラーマネジメントも入った。
一瞬、RAW現像ソフトって買わなきゃいけないのかマジに考えてしまった。

ちょっと気になるのは、一般に言われているJPEGのノイズ。
次回は同じ撮影をRAWとJPEGで行い、PS処理した物との比較。
これをやれば、カメラ内処理との差が分かるだろう。
自分で確認しないと気が済まないのだ。






アナフィラキシーショック 血液検査編 [アレルギー]

あの、恐ろしい”出来事”から丸2週間。

今でも、あの呼吸困難と眩暈が脳裏に焼き付いている。
2-3日前から風邪を引いてしまっているのだが、咳と痰が気管に絡んで
息苦しくなると、あの恐怖が押し寄せて来そうな気がするのだ。

先週、何の食物に反応してアレルギー症状を引き起こすかの検査の採血をした。
で、その結果を聞いてきたのだ。
検査項目
えび、いか、たこ、蟹、小麦粉、コーヒー、カゼイン、落花生、大豆・・・・・・
全13項目

結果は全て、シロ。
抗ヒスタミン薬”アレグラ”を飲んでいるから反応しないのかも知れない、
しかし全部シロなのでホントにシロとも思えます。
との先生の見解。

とりあえず、食物制限や酒などの飲料制限は無くなった。
良し、これで年末にかけて酒の解禁としましょうか。
とはいえ、暫く間をあけているので、そんなには飲めないのでしょうけど。
又、健康のことも考えて控えめな摂取としましょう。

食物がシロってことは、じんましんの原因は何だったのだろう?
やはり、体調のバランスが崩れるとアラームが出てくるのだろうか。
体ってのは正直で、我慢するとどっかに異常を出して知らせてくれるのかも。

何でもいいけど、あのアナフィラキシーショックの恐ろしいのだけは
もう二度と御免である。



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たこやき [たべもの]

今日の我が家の夕飯。
久々のたこ焼きだ。

以前、Amazonで買ったたこ焼き器。


以外に重宝してるのだ。
それまでは、直火タイプの物を使用していたが、Amazonを探しているうちに
ひょんな事でこんな物を見つけてしまい、ポチッと押してしまったのだ。

で、材料。
卵 3個
粉 1カップ
水 1カップ強
色々実験したあげくにこの配分に決定。
たこ、みじん切りの、紅ショウガ、ネギ、キャベツ、それにあれば、揚げ玉、切りイカ。

粉の方はバーミックスで泡立つくらい、ガーーっとやっちゃう。
薄く油を引いたたこ焼き器にキチキチに入れ、たこを一つずつ、その他適宜の量を
ばらばらとまき散らすのである。その時溢れるくらいにするのだ。

串でひっくり返せるようになったら周辺に溢れている分をも、中に入れて丸め込む。

あとは、適宜クルックルッと回転させてやればよい。
そんなこと誰でも分かっている。(と思う)

適当に焦げ目が付いた頃には中も充分に火が入っている。

何がいいかと言えば。
このたこ焼き器、火力の調節がいらないのだ。
サーモで勝手に温度調整をしている。
とかく、調整可能だと強すぎたり弱すぎたりで面倒なことも。
たこ焼きに特化しているので火加減はお任せアレってなもんだろうか。

だが掃除の時は、・・・・鉄板部分が外せないのである。
だから、ふき掃除のみの仕様なのだ。
でもフッ素コーティング加工がきっちりしてあるので拭くだけで充分なのでもある。

これで¥1,280だったけかな?
併せて丸い穴のない平らなプレートだけのポットプレートも購入したのは半年前。
かみさんに散々”こんな物邪魔よ”とののしられたのだが今は普通にご使用中。

使ってから文句言ってよ。




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SDカード スピード対決 [カメラ]

D50用に買ったBUFFALOの2Gのカード。
COOLPIX L6用にネット通販でトランセンドの2Gの150倍速を買った。

さて、150倍速と唄ってある、実質の表示転送速度は7MB/Sと22.5MB/S。
随分とスピードが違うことになる。


BUFFALO ”RSDC-S2G”(左)
TRANSCEND ”TS2GSD150”(右)

たまたま、デスクトップ写真の入ったフォルダーが134MB。
これをカードへコピーして実測値を計った。

RSDC-S2G
HDD->SD  60秒
SD->HDD  38秒

TS2GSD150
HDD->SD  52秒
SD->HDD  38秒

SDからPCへの読み込みは同じだった。
ちなみにどちらも消去は10秒だった。
環境はLet's NOTE装備のSDカードスロットだ。

なんだ、134MBの書き込みで8秒、12%しか違わないじゃん。
まぁ、150倍速と言っても、MAX22.5MB/Sと書いてある。

MAXって、一体何がどうするとMAXの速度になるんじゃろ。
BUFFALOのは7MB/Sと唄っている。
一体どっちがホントのスピードなんやら。
まぁ、SD->HDDで134MBを38秒?

134÷38=3.5MB
しか速度が出ていないことになる。
そりゃ遅すぎる。

そうか、Let's NOTEのSDカードスロットが遅いのかも知れない。
USB2.0のポートにカードリーダーを繋げて同じ事を。
134MBのフォルダーをコピーだ。

RSDC-S2G
HDD->SD  58秒
SD->HDD  15秒

TS2GSD150
HDD->SD  40秒
SD->HDD  6秒
どちらも消去は10秒だった。

やっと差が出た。
さすがにTS2GSD150の読み込みは速い。
7と22.5の差の、約3倍に近い差だ。
書き込みも約30%アップしている。
これなら納得だ。

RSDC-S2GはBカメラでD50とセットで30%オフ位で購入。
元値は¥8,000位かな。
TS2GSD150はネット通販で¥5,480で購入。
実質どちらも同じような値段。

ついでに同じネット通販で
GREENHOUSEのカードリーダー”GH-CRDA13-U2”
¥760でGET。

スピード勝負はTS2GSD150 TRANSCENDに軍配が。
結局、BUFFALOをL6に、TRANSCENDをD50に装着。
実際カメラに装着しての差はよく分からないが、USB2.0カードリーダーでの
読み込みで劇的なスピードの差は、大量に撮り溜めたときにラクチンである。



東扇島マリエン [我が家]

先日釣り場の下見で東扇島へ行ってみた。
島の中にあるマリエン”という港湾関係の建物にも入ってみた。

釣り関係のページやBBSを頼りにあちらこちら釣り場を模索している。
たまたま川崎の空港寄りのところに位置する東扇島が目にとまった。

以前、ここの島にある火力発電所の燃料となるLNGがタンカーにて到着後、
パイプラインでLNGがタンクに運ばれるのだが、このタンカー内のPCの
具合が悪くなったとのことで、修理に乗船した所でもある。

その時に海へ竿を出したなら、相当な釣果になりそうだったことを思い出したのだ。

ページで紹介している情報によると島中が釣り場のような案内だった。
これはと思って、いざ出陣。

日曜だったので渋谷から高速で30分あまり。
島の中を1周するも、どうも岸壁へは直接行けるところがどこにもない。
あとで分かったのだが、密輸等を防ぐ意味で岸壁への入場を制限しているらしい。

そういえばLNGタンカーへの乗船は、乗船目的や届けや禁止事項や忙しく
制限がたくさん有ったと思う。これは船の中では日本国内でなく出国に近い
状況なのだとか。
そうか、船の中は海外に準ずるのかも知れない。
外国の乗員たちも下船できないし、一切の品物も持ち出せないと聞いたと思う。

じゃあ、釣りなんか出来ないじゃん。
島の中で車でお弁当を売っていたおじさんに聞いてみた。
どうも島の反対側に釣り用の公園があるらしい。

反対側の西公園に到着。
いたいた。沢山の釣り人が竿を出している。
一通り歩いて釣果を訪ねるも、皆一様に首を横に振る。
今年の秋は全然振るわなかったらしい。
この日も全くダメだ。4~50人位はいただろう。全員坊主だ。
釣りはあきらめて、島の真ん中辺りにある”マリエン”という建物へ。

これは、川崎港の発展の為にある川崎港振興協会という団体の建物らしい。
丁度、パリの凱旋門の様な形をしている。
駐車場が大きい。最上階10Fは展望台になっている。

展望台からの風景。

アクアラインのトンネルの換気施設”風の塔”


海ほたる


結構遠くまで良く見渡せる。
特に何があるというわけでは無いので、ホントの暇つぶし。
かみさんと一緒に来たわけだが、世の中にはこんな所が有るんだと感心。

天気が良かったので駐車場でパサの記念撮影。




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コンデジ [カメラ]

9月にデジ一、D50を手に入れた。
さて、普段持ち歩くのにD50では大きすぎる。

で、コンデジもこの際買い換えてしまえ!
ということでネットで調べに調べ、候補者がリストアップされた。

Pana LUMIX-FX-01,FX-07,DMC-LS2
FUJI FinePix F30,F31fd
PENTAX Optio M20
NIKON COOLPIX L6

こんなところか。
どういう基準かというと、先ずSDカード、そして小さいこと、更に安い。
FUJIはxDなのでパスか?
まあ、候補としては入れておいてあげよう。

次に電池の問題。
専用電池だと、いざというときに使えない寂しさがある。
が、予備を持てばいいと。
価格コムでFX-01、07についてバッテリーの持ちを聞いてみると、
2-300枚は撮れると言うことだった。が、予備を持った方がいいと。
適切なアドバイスをくれたのだった。

予備かぁ、何千円かするだろうか。
今のC3030の為に買ったENE-LOOP 8本が無駄になっちゃうかな。
もったいない。
ということで、単三仕様のコンデジが候補にあがっている。
LS2、M20、L6。
LS2は先日おばあちゃんにプレゼントしてあげたので、内容はよく分かっている。
ちと大きい。

さて、友人に聞いてみるとPanaがいいと。
総合的な判断らしい。
写りとか、ズームとか、カメラとしての使い勝手とかいろいろ考える。

かみさん曰く。
”いいよ、単三ので。だって電池切れしてもどこでも売ってるから”

この一声でまとめ上げてきたカメラとしての機能性、機動性や能力。
そんな労力は一瞬にして全てぶっ飛んでしまい、選択肢はLS2、M20、L6。

LS2は大きいのでパス。
残るはOPTIO、COOLPIX。

で、近所のBカメラへ。
決して安いわけではないのは重々承知の上だ。
同価格。ポイントが15%も違う。
実際触ってみて、”NIKONの方が使いやすい”だって。
どこがどう使いやすいとか、使いにくいとか、何が違うか拙者には分からない。
どちらも使用感は殆どかわらない気もするのだが。
まぁ、かみさんが主に使うのだから、ポイント+使用感でNIKONの勝ち。

1ヶ月ほど考えてきたコンデジ選び。
あっけなく、COOLPIX L6に決定した。
でも、小さくて電池で使いやすくしかも安い。
2ndとしてのコンデジとしてはいい選択なのかも知れない。
とりあえず、いつもバッグに入っていて、いつでも使える。
そう思えば安いL6が最初から光っていた様に思える。
乾電池タイプなのでどこで電池切れになっても大丈夫だ。


これでC3030とはサヨナラだ。
ここまで良く6年も働いてくれました。
そいえば、10諭吉もはたいて買ったんだっけ。
昔は高かったデジカメも今では2諭吉でおつりがくる。
たった数年で時代も変わった物だ。


クリスマスパーティー [我が家]

もう、一昨日になる。
お兄ちゃんの通う”吉田道場”のクリパがあった。

今年は全7道場の合同クリパとなり盛大なものに。
最初は梅ヶ丘の1道場だけだったが、段々と道場を拡大してゆき7つになった。
プライドの人気もあり、道場ごとに師範が有名柔道選手とあれば生徒もどんどん
増えていく。又、残念ながらやめてしまう人もいる。

テレビの中で有名な柔道家が直ぐそこにいる。

これは昨年のクリパのもの。

今年はシダックスのパーティーホール。携帯で撮影の為こんなで申し訳ない。

中央は吉田秀彦先生。

これはヤワラちゃんと同クラスで頑張っていた”北田佳世先生”
世界選手権や国際柔道大会でも有名だ。

シドニー五輪81キロ級金メダルの”天才 滝本誠先生”

他にもプライドの”中村和裕先生””小見川道大先生”もいる。
よくよく考えてみると、柔道が好きな人間にとっては凄いことなのだ。

別に、有名人がいるから吉田道場に行かせているわけではない。
遅咲きな大輪の吉田秀彦の柔道が好きだったからだ。
試合での内股や大外刈りで一本を決める姿に美学すら感じたものだった。
格闘技に転向して久しいがこれからも頑張ってほしい。
だが、もし機会があるのならもう一度畳の上での試合も見てみたい。

クリパは子供たちの道場対抗アームレスリング大会。
クリスマスプレゼント抽選会。
プレゼントの中には、吉田先生の対シウバ戦の練習時のパンツ
中村先生の対シウバ戦の時に着用のブルーの動着なんかもあった。
あと、年末の”プライド男祭り”のRRSチケットもあった。
もちろん、吉田先生、中村先生も出場する。

たくさんの道場生が一同に会するのはこれが始めてであろう。
子供たちも大騒ぎのクリパだった。

そういえば、抽選の最後の賞品にチケットがあったのだが、
ウチに当たってしまった。
ヨッシャーーー!! 年末は男祭りじゃあーーー!!


アナフィラキシーショック その後 [アレルギー]

退院後食べ物に気を付けておとなしく過ごす。

そんなことする訳がないのである。
といっても、理由はないが酒はやめている。
もちろん落花生はやめている。というより自然と目がいかないのだ。

あまり気にしない様にして、無造作に献立を決めてもらっている。
そばも食ったし、鯖だってOK。エビもイカも大丈夫だし、何でも来い。
やはり、抗ヒスタミン薬”アレグラ”を飲んでいるので、効き目はOK。

どうしてあの瞬間に、アナフィラキシーショックになったかが問題である。
思い返してタイムチャートを作る。

19:30 回転寿司屋 イカ、北寄貝、いくら、えんがわ、山ごぼう巻、いか納豆
               生ビール1、日本酒2合
21:30 居酒屋    梅酒サワー1 食べ物は食べていない
22:30     自転車で神泉から原宿へ移動(結構ダッシュで走る)
22:50 スナック到着 駆けつけ水を1杯、アイスコーヒー1杯、
23:15          バーボンソーダ割り2杯、茹落花生
23:45 発症

このような具合である。
食物依存性運動誘発アナフィラキシーと言う結果になった。
要するに、食べ物だけ、運動だけではOKだが、両方が合体すると
起きてしまう様だ。
あの時も、寿司の2時間後に自転車でダッシュ。
その後、茹落花生を食べたことになる。
寿司か落花生かのどちらかが決めての様だ。
どちらかというと、喉から食道にかけて痒み感が急に襲ってきたので
落花生の方に軍配が上がりそうな気がする。

いずれにしてもそんな時間に酒飲んでから自転車に乗ること自体、年を考えろ。
自業自得である。
でも、これにはいくらかの伏線があって、11月12日のじんましん発生。
10日間薬を服用し、様子を見る為に中断していたのである。
中断してから1週間後のトラブルである。

今はアレグラを飲み続けている。
じんましんが起きない為ではなく、アナフィラキシーショックが起きない為にである。
何でもいいから、あの時の呼吸困難、朦朧、脱力が二度と起きないことを
お祈りするだけである。
仮にもしもう一度起きたとしても、今度は随分と落ち着いて対処できる気はする。
が、あの恐怖は”もう勘弁してよ”である。

次回の診察(血液検査の結果待ち)の時に、アナフィラキシーショックに対処する為の
エピネフリンの自己注射製剤エピペンでも処方してもtらおうか。
とにかく、あの瞬間は恐怖である。
もう二度と御対面したくない自分の体である。

そんな事を思い出したくなく、深夜の夜空を見上げると、まん丸お月様
12月6日AM3:00

こんな月でも見ていると気持ちが和むのである。



アナフィラキシーショック 退院編 [アレルギー]

やっと歩ける様になったものの、歩けばまだふらつく様な感覚が残っている。

今日テレビのプリカを買ってきてもらっていたので、夜の時間は
渡鬼やらで時間つぶしが楽しい物になったのだ。
それも22時までのことで、それ以降は御法度。
しょうがないので、寝るか。
普段、6時間ほどの睡眠時間だが、ここで寝だめでもして蓄えて
おこうかとお休み体制をとるのだが、昨夜ウトウトを一晩中やって
しまったので、昼間その分を取り返してしまった結果、眠れない。

そう、普段からこんな時間に寝るなんてあり得ないからだ。
それでも、24時過ぎまで寝る努力をしたのだったが、暖房の暑さ
で益々眠れない悶々とした時間を過ごしてしまった。
こういう時は、あきらめて仕切直すとしよう。

丁度点滴の交換に看護士さんがやってきたので、自販機の在処
を聞いてそこまで遠出しようとする。
”でも、ちゃんと帰ってきてくださいよ”
出かけたまま帰ってこない患者さんがいたのであろうか。
明日退院の患者がバックレちゃうなんてあり得ないでしょ。

この都立H尾病院。
ストレッチャーで移動はしたものの、天井しか見ていなかったので
どのような構造になっているのかもわからないし、諸般の事情
なんかも全然わからない。ただただ、壁の案内表示を頼りに点滴
と共に歩き回る。
エレベーターでB1F。ここに食堂があって、その前に自販機がある。
今晩用に熱いのと冷たいのを買って、いざ帰路へ。

他の部屋は皆、真っ暗である。
昔、病院の医療器械の技術系の仕事をしていた時代があって、
夜の病院なんかも自在に歩いていたことを思い出した。

部屋に戻って、お茶を飲んでいるときであった。
”ゲホッ!ゴホッ!ガハッ!”
”ガーーーーーー!ガハッ!”
部屋の他のベッドから、咳の様な、痰が絡んでいるのやら、合唱が
始まったのだ。
”ファーーーーア、アアアアアーーーーー”
今度は大きなあくびである。
”ゴホッ!ガハッ!”
”アアアアーーーーー”
咳とあくびと痰の声にギブアップ。
早々に、ナースステーション前の談話席へ移動。
薄暗い廊下で一人、点滴のハンガーと一緒に座ってお茶を飲むオヤジ。

6人部屋の他の人はと言うと、初老からおじいさんくらいの年齢である。
一人だけ若いのがいたな。

1時間ほど携帯電話のデータの修正やらメールして過ごしたか。
部屋に戻ってみると、今度は
”オェーーーーー!ゲゲーーーー!”
どうも点滴に入っている薬の副作用で、戻してしまっているみたいだ。
看護士さんが慌ただしく、出たり入ったりで、同部屋としては処置無し。

もう一度点滴のハンガーと談話席へ移動。
こればっかりは誰が悪いこともない、戻している人にとっては最悪な
状態なんだろう。可愛そうだが頑張って戻してほしい。

”副作用で吐き気がくるので、吐き気止めの点滴も入れるわね”
そういえば、そんなこと言ってたっけ。
また、1時間ほどで戻ってみる。
静かだ。
もう2時をとっくに回っている。
やれやれ、やっとお休みにありつけそうだ。
やはり、そう簡単に寝付けないでいたのだが、うとうと仕掛けたときである。
”オェーーーーー!ゲゲーーーー!”
また、始まってしまった。

また点滴のハンガーと談話席へ移動。
ここまでくると、最悪な状況になっている自分に気が付く。
この調子だと、このまま明るくなっちゃうのではないかと頭をよぎる。
で小一時間が過ぎて、おそるおそる戻ってみると、  静かだ。
もう4時を回ってしまった。
何も考えずに、一心不乱寝ることだけを考えて?
やっと、眠れた。

”おはようございまーす、はい、検温でぇーす”
眠れたのもつかの間、直ぐに起こされてしまった。
で、又うとうと。
”はい、血圧計りますよぉ”
で、起こされて。
又うとうと。
”はい、朝食ですよぉ”
で、起こされて。
しょうがない、起きるか。

結局、正味2,3時間しか寝ていないことになる。
ま、家に帰ってから一杯寝ることにしよう。

退院判定の血液検査の為の採血。
先生の問診。
退院手続きの説明。
血液検査の結果報告。
先生の退院許可報告。
次々と、退院に向けた手続きが駆けめぐる。
で、かみさん到着。

腕に入っている注射針を抜いてもらい、パジャマから着替え、
片づけをして、精算をしてくるかみさんを待つこと2,30分。

先生と今後の治療?について話し合い。
アレルギーの治療は出来ないのである。
今回と同じアナフィラキシーが発生しなければ、何かを食べて体が
痒くなることくらい気にならないくらいである。
が、原因物質は掴んでおいた方が良いであろうと、血液検査を休み
明けにすることで治療?開始のゴングが鳴るのである。

精算が終わり、看護士さんにお礼の挨拶をして1Fへ。
1Fには、運び込まれた外来処置室、救急救命センターがある。
ここが、処置室、ここが、ICUと説明を受け、各その前の通路に
ある長椅子を指さし、あそこで1時間、こっちで2時間。
相当な時間を、あの夜にここで待たされたらしい。
”ありがとう、ごめんね、かみさん”

修羅場を無事に救ってくれた病院を後にしてシャバに向かう二人だった。

あの時、死んじゃったと思えば、今は拾った命。
もっと子供たちの為に、かみさんの為に時間を作っていこうと思う。
1回しかない人生、自分の為に使うのもいいが、それより家族の
為に使う方がいいではないか、最終的にそれが自分の為に使った
ことになっていたと、人生最後の日に思えれば、それが正しかった
ことだと思う未来の自分に期待することにしよう。


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アナフィラキシーショック 回復編 [アレルギー]

起こしてごめんねぇー 体温計りましょう

11月30日午前6時位かな
うとうとしていたものの、看護士さんの声で起こされる。
眠った様な眠れなかった様な。

あれだけの呼吸困難、めまい、悪寒・・・
人生史上最悪な状況がつい6時間前のことである。
まだ記憶に新しいはずだが、随分と昔のことの様な気もする。

この時、体にとって具合の悪いところはこれといってない物の
全身に虚脱感だけ残っている。
まだ、うとうと感があって、夢と現実の境を歩いている様だ。

”あらら、眠っちゃうと酸素吸収率が下がっちゃうから頑張ってね”
どうも、夢と現実の境は酸素吸収率が下がって回復には悪いらしい。
看護士さん ちょこちょこやって来てモニターを覗いていく。
ベッドの頭のところにモニター画面があって血圧やら心拍やら酸素量
いろいろ表示されている様だ。

8時くらいになっただろうか、救急救命センターの先生がやってきて
2,3つ原因になったこととか話をしたが内容は忘れた。
先生曰く、”朝ご飯食べる?一応食事出しておいたけど”
えっ!もう食べていいのか。
言っておくが、ここはICU。だいたい重得な患者が入るところである。
こんなところで朝ご飯なんて食べてもいいのだろうか。

その朝ご飯がやってきた。
全粥、大根と人参の煮物、おひたし、みそ汁。
”無理しないで、別に全部食べなくていいんだよ”
と、担当先生。
看護士さんも他の先生も驚いていた。
”えっ?もう朝食出しちゃうの?平気なの?”

無理しないで食べてみたが、割においしかったのでゆっくりと
半分ほど食べることが出来た。

でも、体全体が借り物の様な気がする。
虚脱感はなかなか消えてくれない。
何の動作でもゆっくりとしか出来ないのである。

”もう随分と安定してきたので、今日、上の階の一般病棟に移りましょう。
明日には退院出来るでしょう”
先生によるとアナフィラキシーショック後の24時間以内に再発する
可能性があり、最長36時間で再発したことがあるので、ショック後
36時間の経過観察でOKなら退院できるらしい。

あんな最悪な状況まで落ち込んだ人間が1~2日で退院出来るなんて
夢にも思っていなかったので、それを聞いた瞬間から何だか力がわいてくる
様な気がすると同時に、実際に徐々に元気を取り戻していくのである。

昼前、かみさんがいろいろ持って来てくれる。
夜中の出来事をあれこれ思い出しながら話し合う。
かみさんもこれぐらいのことで済んだことに対して胸をなで下ろしている様だ。

そして、昼食を頂く。
当然全粥、取引肉と大根の煮付け、小付、みそ汁。
今度は粥を1/3程残した。

午後になって義母や兄が見舞いに。
どうも顔がパンパンに腫れ上がっているらしい。
自分ではよく分からないが、皆がそういうのでそうらしい。

やっと体が自分の元に戻ってきた様な感じで、動きが良くなってきた。
とはいえ、左腕には注射針、右腕は血圧様腕帯、おしっこ管。
これだけ付いていれば動きにくい。

”2時半位に一般病棟へ移りましょう”看護士さん
時間通りにストレッチャーで移動開始。

6人部屋のドア寄りのベッドへ。
かなり正常な状態に戻ってきた様だ。
看護士さんに言って、おしっこの管だけははずしてもらう様にお願いする。
点滴を持って移動することは出来るが、おしっこパックを持って移動
これはチト厳しそうだ。要するに大が出るときに困ると思ったからだ。

そういえば、外来処置室でまな板の鯉状態の時に管を入れられたのだが、
体がのけぞったのを何げに覚えていた。
抜くときもさぞかしやと思ったのだが・・・

その通り、またのけぞった。初めての経験だったが、こんなに痛いとは。

よし、これで動けるぞ。
初めての歩行。かなりふらついていたが、普通に歩くことが出来た。

夕方前、今度は母親と姉の見舞いが。
もう、おばあさんなんだから来なくて良かったのにぃ。
やはり、いくつになっても親としては放っておけないらしい。
そういう意味ではありがたいことだと素直に感謝。

そして夕食。
またまた全粥、おかずは忘れたが完食した。
粥ってこんなにおいしかったっけ。

その頃、先生がやってきて問診。
このまま行けば明日の昼には退院できそうだ。
ただ、おしっこの出が悪かったらしく、腎機能に問題がある数値なので、
明日の午前中に血液検査をして問題なければ、との条件付きだ。

夕食後、その後の初めてのおしっこがでる。
が、激痛、激痛、激痛の嵐。
その上、出終わる前に”ブブーー”とおちんちんから、おならが。
自分ながらにびっくりした。こんな経験はホントに初めてだからだ。
管から空気が逆行した様だ。

これから夜。
最悪の夜。
消灯、就寝。  出来なかった夜がやってくるのだった。





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